アコーディオンは誰でも知っている。 でもアコーディオンについて知っている人はあまりいない。それも現在のアコーディオンメーカーや製品の特徴、他社製品比較などを公正にできる人を見つけることはかなり難しい。 今回Musikmesse Frankfurt 2005(ドイツ楽器展)を訪問し、各社ブースの展示や訪問客の動向、風評などを検分・収集し、いくつかのアコーディオンメーカーや関連企業を訪問することでおぼろげなら、世界をリードしてきたヨーロッパアコーディオンメーカーの実態にすこしでも迫りたいというのが今回の出張の目的であった。 そのとき得た又聞も含めた風評、情報、感触、雑感などを記録としてとどめておきたかったので、下記のようなメモになりました。 風評や情報についてはその確認作業ができておりませんので、事実にそぐわないものがあるかも知れません。 その場合は申し訳ありませんが、ご指摘を受けた段階で再度調査するか、訂正するかさせていただきます。 万一関係各位にご迷惑がかかることがありましたらごめんなさい。 

アコーディオンの歴史をごく簡単に振り返ってみよう。 基本的な原理はリードを空気で震わせて音を出すことにあり、この原理を応用して楽器を作ったのは3000年前の中国で、楽器としては今日にいたるまで雅楽のメイン楽器として使用されている笙の笛である。この原理を応用した管楽器はチャルメラ、バグパイプ、オーボエ、クラリネットなどがある。  この原理をもとに19世紀半ばにウィーンでDemianがはじめてアコーディオンの原型である蛇腹と鉄製リードのDiatonicアコ−ディオンを開発、パテント登録する。 数年後、この楽器を抱えて聖地Loretoの巡礼の旅にでていたオーストリア人のキリスト教徒が一夜の宿を乞うた農家の長男がほかならぬかのPaolo Soprani少年であった。 Paoloはこの巡礼者のもつ楽器に非常に興味を持ち、みずからアコーディオンの製造を思いたち、数年後には独自にアコーディオンの製造をするにいたる。 Paolo Sopraniが今日のアコーディオンの創始者と呼ばれる所以である。その後,事業は拡大し、Paolo Sopraniはアコーディオン王として巨万の富を手にすることになる。 一方で事業に参加していた弟のSettimio Sopraniが何人かの徒弟をつれて会社を飛び出し、独自のアコーディオンメーカーとしてスタート。 その後、さらに分派・独立組みが相次ぎ、今日のメーカー乱立にいたるまで数百社のアコーディオンメーカーができては消え、集合離散をくりかえした。 特に50年代にアコーディオン全盛期を迎えながら、ロックンロールやPOPなどに代表されるNew Waveのなかで、アコーディオンが急速に市場性を失っていく過程は残酷だった。 アコーディオン市場に決定的な打撃を与えたビートルズをもってロック時代の一つの時代と位置付けるとき、そのリーダーのジョンレノンが実はアコーディオンの達人で彼の多くの曲がアコーディオンで作曲されていた皮肉な事実を知る人は少ない。 Castelfidardoを中心とするアコーディオン業界は50年代までのいわばバブルを経験し、その後のリストラの道が長く続いているといっても過言ではない。 昔のようにラジオから毎日のようにタンゴやアコ−ディオンの名曲がながれているという状況ではないことはだれがみても明だか。  アコーディオンをやっている、アコーディオンが好きだ、といっただけでETでも見るような目つきで反応されることをどれほど多くの人が体験しているだろう。 アコ誕生から150年。 これまで乱立していた工房のそこここで、腕の良い職工や創造的な開発者によって、アコはどんどん進化し、今日にいたっている。 そのなかでも、 Gola, Morino、 Scandalliといった名工といわれる人々がアコの新しい時代を作ってきた。 手工業から脱却できない製造工程のなかで、デザインやアイデアが一社で独占できずに、競合他社にも真似され、またこれがアコ−ディオン業界ののレベルアップにつながる一方で、メーカー乱立のまま今日を迎えている今日のイタリアアコ産業の問題点であるともいえるだろう。 一般ユーザーにしてみれば一つのブランドのもとに永続的な品質や優位性を期待するのが当然だが、かたやメーカー側の実態は何人かの優秀な職人が去ってしまうと、ブランドは同じでも、もう同じ品質のものが製造できないとか新製品の開発ができないといった事態に陥りやすいのが実態だ。

また、50年代にそのピークを迎えた有名ブランドの工場が次々と消え去り、残っているものも昔の栄光の残り火を火吹き竹で吹いて暖を取っているだけで、再度活性化するための投資意欲もなく、人材もいない、あるいは老齢化している、後継者もいない等という例は枚挙に暇が無い。 かの業界最大手のHohnerでさえ現在は中国・台湾系企業の資本となり、製造のほとんどは中国だ。 Made in Germanyとうたっているモデルもどこまでドイツ製なのか不明だ。 フラッグシップモデルのMorinoでさえ中国製パーツが使用されているとの情報もある。 そのMorinoも自社製でなくなってから久しい。 ExelsiorがしばらくOEM生産していたことは周知の事実だが、このMorinoのOEM生産契約切れたことがExelsiorの2度目の破綻・倒産にかなり大きな影を投げかけたといわれている。 また、昨年末に破綻したチェコのアコーディオンメーカーDelicierもその原因はExcelsior向けのOEM生産が打ち切りとなったためとわかる。 そのExcelsiorのブランドを買取り、そのブランドで製造し、販売チャンネルを取得したPigini社は現在は羽振りがいいようだが、早くも採算を無視した拡大戦略がいつ体力の疲弊につながるのかと冷ややかに見る向きも少なくない。 Castelfidardo製を標榜しながら品質面でお粗末な製品も中にはあるらしい。 そんな状況を嘆くCastelfirdardoのアコ業界人は多いが、残念ながら業界はガリバルディ以前のイタリヤ半島の状勢ににて、混沌とし、みんなで力をあわせてCastelfidardoの伝統を守ろうという一致団結して戦う気概も気運も感じられない。 このままだと、これまでの有名ブランドのいくつ化は消滅したり、有名ブランドの粗悪品になったりさらなる衰退へと向かいかねないと危惧する向きも多い。
これまで日本で紹介されている老舗と思われるメーカーもドイツ楽器展ではひっそりとして積極的な販売活動をしていないし、画期的な新製品も見当たらない。 ブースへの訪問客もなじみのDealer以外は少なく閑散としていた。 対応する展示社側も老齢な人物が多く、後継ぎがいないなど、御家の事情が見え隠れする。 有名ブランドとはいえ、そのブランドのどのモデルは現在どこで製造されているのか、どのような部品が使用されているのかをはっきり見定めないと「袋入りの猫を買う」(ドイツのことわざ)ことになりかねない。 福袋を買うスタンスでアコーディオンを買う人はいないと思うが、現実はそれと50歩100歩だというのが現実であると認識してぞっとする次第だ。

旧東独のWeltmeisterブランドは150年の歴史を持つ企業体で共産主義時代には共産圏向けにドイツ製ということで高い評価を得ていたが、西側では品質面でワンランク下と評価されていた。 ベルリンの壁崩壊後、そのままでの事業継続は不可能となり、巨大な製造設備と多くの従業員を持つ国営企業は一度清算され、現在は国営管理機構に製造設備と旧工場の一部を借りて新たにHarmona社とい社名にて製造と営業を再開している。 ドイツのメーカーである強みからドイツという巨大市場で活躍できることは同社の強みだが、中級品を中心にビジネスしていることから、今後、中国、韓国などからの脅威にどこまで絶えられるか予断を許さない。 工場内を視察した限りでは、少数精鋭に切り替え、製品の市場での評価も徐々に昔の安物のイメージを払拭しつつあるように見うけられる。 Hohnerが実態としてもはやドイツメーカーとはいえないような状態に陥っていることから真のドイツメーカーといえるのはむしろWeltmeisterであるとい皮肉な実態もあり、その意味ではなんとかがんばってほしい思う。 

中国、韓国などからの脅威にどこまで絶えられるかという命題はすべてのヨーロッパのアコーディオンメーカーの抱える最大のテーマだ。 品質で差が大きい間はともかく、デザインでもすでにPaolo SopraniやScandalliのデッドコピーまで出ている現状で、音もそこそこ出るとなれば価格面での差がヨーロッパのアコメーカーの地崩れ的敗北につながりかねない。 少なくとも入門機や学校市場、アコ教室用などを中国・韓国勢に取られてしまえば、あとはプロ用と愛好家用高級品の市場しか残っていない。 そこで何社が生き残れる市場が残るのかといえばおそらく数社、多くても10数社しか残れないのではないかと危惧される。 中にはHohnerのようにブランドはドイツだが資本も製造も中国といった例も増えてくるであろう。 中国メーカーがいつ高級リードを使いだすか、あるいはリードメーカーまでも買収するか、自社で高級リードまで作りだすか、これはもういつ起きても不思議ではない。 Hohnerの例に待つまでもなく、Castelfidardoの有名ブランドの一つや二つを買い取ることは今の中国資本にはいとも簡単なことのように思える。 話は飛ぶが日本の学校市場、アコ教室市場はすでに日本メーカーのブランドによる中国製アコに占領されているといっても過言ではない。 ただし、中国製アコーディオンの進出はアコ市場全体からするとプラスに作用する面があることも見逃せない。 アコは価格が高いということからあきらめていた需要層の再開拓ができるし、入門者が増えれば高級品市場も活気づくと思われるからだ。 その意味からは今後はきちんとした物作りをできるメーカーにとってはチャンス再来といえる時代なのかも知れない。 

Musikmesse Frankfurt (ドイツ楽器展)で人目をひいていたのはMIDIを組み込んだ電子アコ−ディオンだ。 なんといってもさまざまな効果を出せることとアンプにつないでVolumeをアップさせ、他の楽器との合奏でも存在感を出せることへの魅力は大きい。 ただ組み込みには相当の手間がかかるのとメンテナンスの問題も解決する必要がある。 既存のアコに組み込む場合はMIDI楽器としてAmpにつなげるほか,これを切って普通のアコとしても使えることはメリットだ。 ただし、2台以上アコがあるときはすべて改造が必要でコストもばかにならない。 昨年華やかにデビューしたRolandの電子アコがどの程度売れているのか興味のあるところだ。 いくつかの難点をあげるとすれば重量の重さと価格設定にあると思われる。 Musikmesse Frankfurtでの組み込み型MIDI以外のMIDI専用アコとしてCavagnolo社のモデルとMenghini社のSEM Ciaoモデルがあり人目を集めていた。 Cavagnolo社のモデルは効果音にギャグを効かせた音色で関心を誘っていたが、操作性と価格ではSEM Ciaoモデルに軍配があげられると思えた。 Ampに接続せず、Headphoneに接続すれば、深夜のアパートでも一人で練習や演奏が楽しめるところなどは大いに魅力的だ。
サイレントアコーディオンとして日本でもヒットの予感さえする。 これらMIDIアコとは別に、お手軽なパワーアップ方法にはマイクロフォンの組み込みが一般的だが、マイク内臓だとどうしても改造したりする必要があるが、ここでもSEMの外付けマイクはマジックテープでの取りつけ・取り外しが簡単で1セットで何台のアコにも対応できるのがうれしい。 これは価格も安いので、お勧めのアイテムだ。 
ところで電子と名がつけば、一気に大量生産から価格の急落へ向かうと発想しがちだが、アコの場合はある程度の品質を持った製品に関して見る限り、現状ではまだまだ大量生産にいたる可能性は少ないと思われる。 ただし、大量に需要が見込まれるとなれば当然中国・韓国メーカーの参入もありえるだろう。 これも市場の活性化につながれば良しとする前向き思考で考えざるを得ないだろう。 ただし、ここでは古い体質のCastelfidardoのメーカーにとっては更なる脅威とならざるを得ないことになり、リストラはさらに進行しブランドがさらに消えるか、資本が入れ替わることにつながるものと思われる。 まだ当分先のことかもしれないが、技術的にはいつ起きてもおかしくないのがすでに現実だ。
 
ここでリードについて一言。 アコの音源はリードであり、これの材質、デザイン、製造方法と精度の差により音色は大きく変化する。 ブランドやトレブルカバーのデザインで音が決まるのではない。 リードセットはリードフレームとリードおよびバルブが主な構成要素だ。 リードフレームの材質とサイズ、カットデザイン、加工精度の差が音の差につながる。とくに材質面で通常のアルミ二ウムが普及品に使われる一方で、高級品にはより剛性を高めた超硬度アルミ合金が使用される。 リードフレームの硬度が高いほど広い音域にわたり澄んだ美しい音色をだす。 リードには手作りリードとマシンリードがある。手作りリードは幅の狭いスチール板から1枚づつ打ちぬき加工していく。 マシンリードは幅広のスチール板から一斉に打ちぬき加工する。 その分コストは安いが精度・音色は落ちる。 また、リードフレームにリードをリベットするときに熟練工が1枚づつハンマーで打ちつけベストの音がでるまで調整しながら作るか、マシンで一斉にリードフレームに打ちつけるかでは当然音の精度・品質に差が出る。
あなたのアコがどのような材質と工程で作られているか考えたことがあるだろうか? アコの音色を決定するいちばんの要素であるリードに関してこれまであまりにも情報が開示されてきていないことを大変残念に思う。 アコはあまりにもブランドとイメージだけで販売されてきており、技術的仕様の開示はまだまだ不十分であると思われる。
今回はMenghini社の株主の一人でもある大手リードメーカーのVoci社を訪問できたことはラッキーだった。同社にて各種リードの製造過程の詳細を見せてもらったことで、リードにもピンからキリまであること、いいリード無くしてはいい音を得ることが難しいこと、アコの値段の差に大きく影響するのがこのリードのタイプと品質によるものであることがわかった。 このVoci社はその他のアコーディオンメーカーにもリードを供給しており、Lanzinger社もその一つだ。 また、Harmona社(Weltmeister)も高級機には同社のリードセットを採用している。 最盛期のHohnerなどはリードからすべて自社製だったが、今、リードから一貫生産する欧州メーカーは見当たらないようだ。 とはいえ、このようにリードの製造に特化しているメーカーが高い品質のリードセットを供給できるということは、また別の意味で評価できるアウトソーシングであるということもできる。 由緒あるブランドの工場が閉鎖されたり、合併したりという動きは振り返れば今に始まったことではなく、Paolo Sopraniの工場からいくつものアコーディオンメーカーに分化したり、また、それが消え去っても、職人が他の工場に移動したり、経営者が変わるだけで、結局Castelfidardoを中心としたアコーディオン作りの歴史と伝統は生き続けるという感触を得た。 それは恐らく、すでに直面している韓国、中国をはじめとする新興勢力がでてきてもしたたかに生き延びるであろうという希望を抱かせるに十分な歴史だ。 現実として最近の事情として2回目の破綻をきたしたExcelsiorのブランドはPigini社が買い取り、製造設備の一部はLanzinger社が買い取り、さらに有能な職工はどこかほかのアコーディオンメーカーに引き抜かれるといった具合だ。 そこで自然と世代交代・新陳代謝が行われ、常にCastelfidardooのアコーディオン産業には若い血が流れている。 そう考えると、そうか、これが本来のヨーロッパ式というかイタリー式というかご当地アコーディオン産業を支えているシステムなんだな、と気がつき始める。 翻って日本の硬直化した労働市場、保守的な会社経営では会社そのものの存続が最優先され、中にいる職人の情熱が枯渇・衰弱していないだろうか? おっと、文化批判めいたことはさておいて、今回の出張でブランド重大主義の日本におけるヨーロッパアコーディオン事情とのギャップ、片思い、認識のずれを大きく感じるとともに、今後ともヨーロッパアコーディオン事情には耳を大きくして情報をキャッチしてゆくことで、新しいアコーディオン文化の摂取に努めたいと改めて思った次第です。 (川井 浩、 2005/4/27)


アコーディオン彷徨レポート 
(Musikmesse Frankfurt 2005 & 2,450km ドライブの旅)

2005.4.7−2005.4.18